怒鳴り散らしたりしている声

 警官があちこちで同じことを繰りかえしていた。 群衆のしゃべったり、怒鳴り散らしたりしている声は、一かたまりに溶け合って聞える。時々鋭く際立ってそのなかから響くことがある。 ――健は「有難かった!」有難い! 有難い! わけもなくその言葉が繰りかえされた。 寒気《しばれ》ていた。広場はギュンギュンなって――皆は絶えず足ぶみ[#「ぶみ」に傍点]をしていた。下駄の歯の下で、もの[#「もの」に傍点]の割れるような音をたてた。 演説会は最初から殺気立っていた。「横暴なる彼等官憲……」「中止!」 直ぐ入り代る。「資本家の番犬……」「中止ッ!」 ――二分と話せない。出るもの、出るもの中止を喰った。 ――阿部も伴も演説が上手《うま》くなっていた。聴衆は阿部や伴のゴツゴツした一言一言に底から揺り動かされているではないか! 健は睡尻に[#「睡尻に」はママ]ジリジリと涙がせまってくる。いけない、と思って眼を見張ると、会場が海底ででもあるようにボヤけてしまう。 伴の女房も演壇に立った。――日焼けした、ひッつめの百姓の女が壇に上ってくると、もうそれだけで拍手が割れるように起った。そしてすぐ抑えられたように静まった。――聴衆は最初の一言を聞き落すまいとしている。 伴の女房は興奮から泣き出していた。――泣き声を出すまいとして、抑え抑えて云う言葉が皆の胸をえぐった。――あち、こちで鼻をかんでいる。「……これでも私達の云うことは無理でしょうか?――然し岸野さん[#「さん」に傍点]は畜生よりも劣ると云われるのです。」 拍手が「アンコール」を呼ぶように、何時迄も続いた。誰か何か声を張りあげていた。「こんな事はない!」

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