帝都の上空を飛ぶ飛行機

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 帝都の上空を飛ぶ飛行機――殊に軍用飛行機に対して、事変以来、市民の態度が著しく変ったようである。以前は、飛行機の爆音を耳にし、或は飛行機の姿を認めても、街路を行く人々はただ、ははあ飛んでいるなと内心に思うだけで、むしろ素知らぬ様子をすることが、文化人らしい一つのポーズでさえもあった。特殊な長距離飛行機など、一種のスポーツ的興味を伴うものは別として、普通の飛行機に対する関心は、謂わば田舎者めいた野暮くさいものとの感じがあり、街路に立止って飛行機を眺めるなどは、一般の人々の――殊に、悲しい哉インテリ階級の人々の、へんに照れくさい思いをする事柄だったのである。 然るに、事変以来、飛行機に対する関心は俄然高まり、機影を認める時は固より、その爆音を聞いただけでも、会話を中止し街路に立止って、相手の肩を叩きかねない様子で上空を仰ぐことが、自然のこととなり、時には、尖端的な文化人らしい態度とさえも是認されるに至った。 この変化は、注目に価する。そしてこれは勿論、戦地に於ける我が軍用飛行機の壮挙、渡洋爆撃とか荒鷲とかいう言葉が明示するような壮挙によって、飛行機の実効的性能が市民の心に感銘されたからであろうが、然しなおその上に、飛行機というものが、勇敢な行動性を象徴するものとなり、一の思想の域にまで高まったからであろう。即ち、勇敢な行動性の最も具象的なものが、現在では飛行機なのである。 一般市民の、殊にはインテリ階級の、飛行機に対する関心は、だから、一種のスリルと飛躍とを持つ勇敢な行動性への翹望とも見られる。かかる翹望が窒息しない間は、大都市も老朽しないであろう。このことは、戦争の面以外への拡がりを持つ。

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