汽車の内部の光景

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 汽車の内部の光景――殊に、宵に発車する長距離の急行列車で乗客の多いものなどの内部の光景には、考えさせられるものがある。例えば、東京駅を宵の八時か九時頃に発車する神戸行とか下関行とかの、急行列車をとってみるがよい。そして三等車よりも二等車が最もよい。 これらの列車は、いつも乗客がこんでいる。然るに、東京駅で乗りこむが早いか、直ちに二人分の座席を占領して、長々と寝ころび、枕まで持出している者が、随分ある。それ故、品川や横浜あたりで乗車した気の弱い者は、時とすると、座席がなくて長く立たされることがある。寝台車の喫煙室の方に行ってみても、そこはまだ寝ずに語りあってる人々でふさがっているし、食堂も満員だし、彼はまた普通車の方に戻ってきて、室の隅に、或は連れの者の側に、佇むの外はない。而もすぐ近くには、二人分の座席に寝そべっている者が幾人もあるが、身を起して半分の席を譲ろうとする者もなく、通りかかる車掌も、この不公平な有様に無関心らしく、座席の整理などはしてくれない。漸くして、多少親切な人の情けによって、座席を得るのを待つだけである。 二人分の座席に寝そべってる方の人々にも、いろいろ口実はあろう。ひどく疲れてるのに寝台がとれなかったとか、或は自分が起きて席を譲らなくても、誰かがそうしてくれるだろうとか、兎に角、寝そべってるのが自分だけでないというのが口実になるのであろう。 それにしても、立ってる方の人が、なんと温和なことか。彼は別に渋面もしていない。寝てる人を起し、或は車掌に頼んで、一人分の座席の当然の権利を主張することもしない。ただ誰かが自発的に席をあけてくれるのを、気長く待ってるだけである。 朝鮮や満洲や北支などの列車内で、日本人が威張りちらしてるというような話は、よく聞かされるところである。然るに、東海道線の夜の二等車内の光景は、それに相反するものであって、これを、何と解釈したらよいのか、兎に角、なごやかなことである。而も、立ってる方と寝そべってる方と、直ちに地位を変り得るのだから、更に妙である。或はこういうところに、日本人の集団戦闘に強い所以があるのでもあろうか。

— posted by id at 01:07 pm  

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