女学生の「キミ、ボク」の言葉

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 女学生の「キミ、ボク」の言葉が教育界の問題となった。だが、こういう言葉を使ってる女学生は甚だ少数で、而も一般女学生からは顰蹙されている。こういう言葉は恐らく、有閑マダムか女給などの間に発生し、新聞の娯楽面や或る種の小説などで宣伝されて、急に拡まったものであろう。 こういう種類の言葉を若い女たちが使用する心理のうちには、単なる物珍らしがりの外に、新しい礼儀作法への翹望が、漠然とではあろうが含まれている。女の礼儀作法は急激に変革しつつある。二三言云っては低くお辞儀をし、また二三言云っては低くお辞儀をし、かくて際限もなく続く応待の仕方などは、今では甚だ珍妙なものとなってしまった。街頭で夫人同士が出逢って、そういう挨拶をしてるうちに、洋髪のピンが弛んで、付髷が地面に落ちたなどということは、数年前のことながら、今では昔の笑い話としか受取れない。 今では、若い懇意な間柄では、いきなり握手をすることさえ行われ、それが相当身についてもきた。だが不思議なのは、最も伝統的な古い組織の中に生きてる芸妓仲間では、往来などで行き合う時、立止って話をする必要もない場合には、頭と目差との僅かな微妙な動かし方だけで、一切の挨拶が済んでしまうことになっている。こうした作法の簡易化は、決して礼儀の乱れたことを意味するものではない。 所謂遊ばせ言葉は、上流婦人の間でも急激に退化しつつある。だが、「さよなら。」の意味で使われる「御機嫌よろしゅう。」の一語は、充分に生きているし、殊に電話などで最後に云われた「御機嫌よろしゅう。」は、快い響きを耳に残す。 作法や言葉は、殊に女の場合、身につくかつかないかということに微妙な問題がある。それは各個人的なそして全身的な事柄であって、抽象論は用を為すまい。女にとって最も非美的なのは標準作法や標準語であると、こう逆説的に云えば、それは女を文化的に軽蔑したことになるであろうか。

— posted by id at 01:09 pm  

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