世間体とか人前とか体面とかいう事柄

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 日本人には含羞的性質が多分にあると云われている。世間体とか人前とか体面とかいう事柄に対する関心は、その現われであろう。然るに、この含羞的と凡そ反対なものの一つに、洗濯物の処置がある。身につける如何なる物も、それが洗濯盥から出て来たものでさえあれば、屋上や軒先にへんぽんと飜えして憚らない。高架線の電車の窓などから見られる東京市の壮観は、洗濯物羅列を以て第一とするとさえ云われる。 入浴を好む者はまた洗濯をも好む。否、これは好みではなくて、既に身嗜みの一つであろう。羽二重の裏をつけた木綿の半被をひっかけ、素足に草履をつっかける、そうしたいなせな風姿が昔は市民の風俗のなかに確立されていた。この羽二重の裏も素足も、特殊な身嗜みから出発したものであろう。如何に襤褸をまとおうとも、肌には垢をためず、肌につけるものは清潔にしておくということが、一つの矜持として、根深い伝統になっている。首を切る或は切られることが、首筋を洗って云々の言葉で表現されるには、かかる風習の裏付けがあって始めて可能であろう。現在でも、衣類の襟垢の有無は、人柄を判断する一つの鍵とされることがある。庶民の家婦の仕事のうちで、洗濯は重要な部門となっている。 然るに、洗濯物の処置については、一向に考慮が払われていない。これは、日本の家屋が、都会にあってさえ、集団住宅でなく個別住宅である故もあろうし、また湿潤な気候のために、壁の中に窓があるのではなく窓の中に壁があるという、そうした構造になっている故もあろう。かくして常に、屋上や軒先に洗濯物がへんぽんと飜えり、此処だけは、世間体とか体面とか羞恥心とかは打忘れられて、自他共に怪しまない状態になっている。 アパート其他の集団住宅では、既に、洗濯物の処置について多少の考慮が払われているようだが、それも全く、多少のという程度に過ぎない。窓の中に壁があるような構造を必要とする気候であり、個別住宅が主となっている現状に於て、都市生活のことを考慮する者は、洗濯物の処置についても更に一考すべきであろう。

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