国民に道徳心がない

       七

 私が遺憾に思ふのは、国民に道徳心がないといふやうな途方もないことではない。お互の間に、心から心へ呼びかけるところの共通なひとつの新しい風俗がもうそろそろ出来なくてはといふことである。 国民一般は、そのために、互に不信の眼をもつて対し、神経を不必要に浪費し、軽蔑に値しないことを軽蔑し合ひ、外国人の誤解を招き、予期しない国家的損失を蒙るのである。 それなら、かういふことが一朝一夕で改まるかといふと、さうはいかぬ。しかし、道徳的標語をもつて国民の総力を動員しようとするのとそんなに変りはない。しかも、一旦成功すればずつと永続性があり、また国民相互の自発的協力によつて十分魅力ある運動となり得るであらうところに、私は大きな希望をつなぐのである。 国語の整理統一、生活改善、都市計画、娯楽施設、文学芸術の利用、その他一切の文化部門に於ける活動の眼目をこゝに置くことは、わが国の現状として、まさに緊急事である。 わが軍隊の強みは、私に云はせれば、専門的な技術の訓練もさることながら、軍隊として、夙に、整然と上下を通じて一貫する風俗の樹立を敢行した点にあるのである。そして今日、軍人の風俗と、いはゆる地方人のそれとの間にあまり画然たる開きができてしまつたところに、わが国情の一種の悩みもあるわけであるが、私は、これを例に引いて、国民全体が、決してユニフオームに象徴される軍隊風でなく、それぞれの個性、それぞれの階級、それぞれの社会に応じ、しかもそれらに共通する新時代の日本風俗を創りだす努力をしなければならぬといふことを云ひたかつたのである。 軍隊風俗は、軍隊の使命において、ひとつの美風を誇つてよい。国民は国民の使命に於て、より寛闊な様式を理想とすべきであらう。

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